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2025年9月2日

Henri Ey・Polyvagal theory・Pierre Janet の交差点

Henri Ey の精神病理学体系は、しばしば「ネオジャクソニズム」と呼ばれる。彼は Hughlings Jackson の階層理論を拡張し、精神機能を「組織化された意識のダイナミックな統合」として捉えた。その視点では、精神障害は単なる器質的損傷の反映ではなく、上位階層から下位階層への「解体(dissolution)」として理解される。Ey の organo-dynamisme モデルは、精神病理を脳機能の階層的組織と結びつける試みであり、ジャクソンの影響を最も体系的に精神医学へと持ち込んだものと位置づけられる。

一方、Stephen Porges による Polyvagal theory もまた、明示的にジャクソンの解体原理を参照する。Porges は、進化的に新しい神経回路が古い回路を抑制しているが、危機や損傷によって上位回路が機能不全に陥ると下位回路が活動優位になる、というジャクソンの仮説を、自律神経の階層的応答戦略に当てはめた。すなわち、哺乳類的な腹側迷走神経複合体が安全時の社会的関与を可能にし、それが不可能になると交感神経の闘争・逃走反応が、さらにそれも破綻すると背側迷走神経系による「凍結」反応が優位になるという三層構造である。ここでは、ジャクソン的解体が「脳損傷」から「進化的な神経階層の作動不全」に翻案されている。

この二つの理論の間接的な共通点は、機能階層の破綻を「解体」として理解する枠組みである。Ey が精神病理を「意識の解体」として記述したように、Porges も自律神経反応の段階的退行を「解体」として位置づける。直接的な比較研究は未だ存在しないが、両者はジャクソン的階層観を精神病理学と神経生理学の両領域に適用した並行的試みとみなすことができる。

さらに、Pierre Janet の理論はこの交差を一層明確にする。Janet は「心理的緊張(tension psychologique)」や「心理的エネルギー」という概念を用い、人間の行動や意識の階層的組織を説明した。Janetにとって精神病理とは「心理的自動症」や「解離」といった形で、複雑な高次機能が統合を失い、より単純な下位機能へと退行する過程であった。このモデルはジャクソン理論の精神心理学的翻案であり、Ey の organo-dynamisme に大きな影響を与えた。また、Porges の Polyvagal theory における「安全/危険の知覚に応じた神経階層の可逆的な解体」は、Janet が論じた「心理的効率の低下」「解離的退行」とも響き合う。

総じて言えば、Henri Ey と Polyvagal theory の関係としては、直接的な接続を扱った文献は存在しないものの、Jackson による階層的解体理論を媒介として共通の土台に立っている。そして Janet を加えると、心理学的次元と神経生理学的次元とが「階層性と解体」という共通原理のもとで連関して見えてくる。したがって今後の研究課題は、この三者をつなぐ「多層的階層理論」としての再構成であり、精神病理学・トラウマ研究・神経科学を横断する理論的フレームワークを提示する可能性がある。