バウンダリーを大切にし、生活を支えるカウンセリングルーム

2025年8月29日

失敗すること

以前、Noteでの「自他境界と楽しむこと」の記事において、活動を成功裡に終わらせることが大切であると述べた。ある活動を上手に完了することができたとき、私たちの心理的エネルギーは解放され、そして増大することになる。そのため心理的エネルギーの回復を目指す時には、なるべく多くの活動を成功させる必要がある。

しかし、残念ながら私たちは全ての活動を成功することはできない。試みた活動はうまくいかず、成功しない場合がある。そうした場合にも、その活動は終わらせなくてはならない。つまりその活動を、諦めたり、忘れることによって、失敗に終わらせなくてはならないのである。

しかし、しばしばこの失敗というのがうまくいかない。ジャネによれば、失敗することは、非常大きな心理的エネルギーを消費するからのである。活動が失敗に終わった時、他の活動を起こさなくてはならない。ジャネはこのことについて、かつての恋人のことをいつまでも諦めることができない女性を例して説明する。

エマは恋人との婚約破棄以来、重篤な病を患っていました。彼女が別れを受け入れられなかった、たしかにそうかもしれません。しかし、受け入れられないということは、彼女が継続して行っている一連の活動にほかならないのです。<・・・>彼女は恋人に再会しようと、執拗に試みつづけています。いつも彼の家を探し回り、あるいは訪ね歩いています。もし偶然にも彼に会えば、懇願するような、あるいは嘆き悲しむような態度をとろうとします。彼の愛情を再び勝ち取るための方策をいつも考えています。想像の中で彼と築くはずだった生活の有様を組み立てています。<・・・>【エマは】いったん始めた活動を変更できず、たとえその活動を促した状況が完全に変わったとしても、活動を止めることができないのです。医師はエマのような人を助け、これらの愚かな活動をやめさせねばなりません。別の活動を学び取れるように援助し、別の心の態度を採用させねばならないのです。【諦めること】とは、現実には現在の行動を変えることなのです。 Psychological Healing

つまり失敗とは、新たな活動を始めることなのである。これは心理的エネルギーを解放する勝利の活動とは大きく異なる。新しい活動を始めることのコストにより、エネルギーが消費されてしまうため、心理的エネルギーが不足した状態においては失敗することが、しばしば不可能になる。エマのように執着によって失敗ができないこともあるが、臨床的によりよく見られるのは「未完了の活動」としてのトラウマなのである。

失敗ができないと、回収の見込みが立たないまま、心理的エネルギーをいつまでも消費し続けてしまう。そしてその結果、やがて疲憊が生じてしまうのである。しかしその失敗にも一定の心理的エネルギーが必要となる。ここに臨床現場でのジレンマが生じるポイントがある。

現実においては、未完了の活動であるトラウマに対しては、休息と離隔(バウンダリーの設定)によって心理的エネルギーを獲得していくと同時に、可能なものは勝利の活動として遂行させ、不可能なものは諦め失敗していくことが求められる。しかしこの諦め失敗するという活動は、高い心理的緊張(効率)が必要となる。なぜかというと、そこでは喪失の痛みを避けることができないからである。高い心理的緊張の上で心理的エネルギーを用いることによって、喪失の痛みは、喪の作業の中でゆっくりと解消していく。これがまさに治療の作業になるが、それが可能になるのはセラピストとクライアントの強力な治療同盟の上だけである。