未完の活動としてのトラウマと、抑圧・投影
トラウマは、活動を終えることができず、いつまでもその活動の成功を追い求め続けてしまう状態を作り上げる。ピエール・ジャネは次のように述べている。
トラウマ記憶は、勝利と清算の障害のひとつにすぎない。このようなトラウマ記憶にとらわれる患者は、勝利の段階に特徴的な行為を一切遂行できていないのである。彼らは絶えず活動における喜びを追い求め、追いかけるほど逃げ去るその清算を成し遂げようと不断の努力を続けているのである。このような現象を認識し理解することは「トラウマ記憶」という名の下にその性質が次第に明らかにされてきたこの奇妙な病的障害の重要性を悟ることである。 『心理的治癒』
ジャネによれば、トラウマとは成功裡に終えることができなかった活動であると同時に、失敗することができない活動でもある。その理由として、トラウマ体験があまりにも強いインパクトを持つものであるがためと考えていたようである。トラウマ経験それ自体、あるいはトラウマを抑え込もうとしようとして大量のエネルギーが消費されてしまった結果、失敗するために必要なエネルギーまで使い果たされてしまう。エネルギーが枯渇した結果、新たな活動を作ることができなくなるがために、いつまでも成功の見込みがない活動を続けてしまう。
また成功することも失敗することもできない活動(すなわちトラウマ記憶)は、また別の問題を生じさせることになる。それは、抑圧と投影として知られる現象を説明することになる。
終わらない活動があったとしても、それだけをいつまでも続けるというわけにはいかない。何か他の活動を行うために、それは一時停止することが必要となる。この一時停止は、別の活動へと気を逸らしたり、無視をしたり、あるいは全く反対の観念を持ち出して打ち消すことによってなされる。
これが、いわゆる抑圧として知られる心理メカニズムであろう。この一時停止によって、私たちはとりあえず他の場所に心理的エネルギーを振り分けることが可能となる。しかし、これは成功や失敗によって活動が終わることとは異なり、もともとの活動に動員されたエネルギーはそのままそこに閉じ込められたままになる。なにかのきっかけがあると、再びそのエネルギーは再び動き出す。
そしてこの一時停止の特徴は、最初とは異なる相手や状況の中で活動の再開がなされるということである。これは、もともと動員されたエネルギーが少ない場合は大抵うまくいく。たとえば何か食べたいと思ったとき、それが授業中で食事をとるのに相応しくない場であれば、それを一時停止させて、授業が終わったあとに食堂にいく、というような活動を導くことができるであろう。
しかし、そこで動員されたエネルギーが大きい場合、再び動き出した活動はそのまま成功裡に終えることはできなくなってしまう。たとえば、かつて誰かから痛めつけられた人が、相手があまりにも強大であったり環境的に不可能であったりすることで、そこで生じた反撃や逃亡の活動を抑え込むしか無かったとする。そうやって一時停止された活動は、別の場面で何かをきっかけとして動くことになる。そうなると、最初の出来事によって引き起こされた大きなエネルギーを帯びた活動が、別の人にぶつけられる。しかし、その人は最初に痛みつけてきた人ではないため、過剰な反応がそこでは生じてしまう。こうなると、対人関係において良い結果にはなかなかならないだろう。これが投影と呼ばれるメカニズムをジャネ的に説明する。
抑圧を解除し、投影によって起こる問題を生じないようにするためにも、ある活動を成功裡に終わらせる部分は成功裡に終わらせ、失敗しなくてはならない部分は失敗として終わらせる必要がある。これがトラウマ処理において必要な作業の一端を担うものであろう。